この場面でのバント批判は結果論ではない
2点ビハインドの9回、大城と中山の連打で無死12塁。投手は復帰して初登板の岩崎。打順は9番。ここはイケイケでいくべき。代打候補は坂本かリチャード。先日代打でHRを放った坂本で強行、猛打賞の丸、無安打もいい当たりのあった若林に繋ぐはず、と私は思っていた。
増田大輝がでたとき、空いた口が塞がらなかった。嘘やろ、と思った。球場がイケイケ、一軍のマウンドからは日が空いた岩崎は明らかに飲み込まれていた。まさかバントか?冗談では済まない。
これは結果論ではない。理由は3つある。一つは上記の、岩崎の心理状態。バントでアウトを与えては、相手にプレッシャーがかからない。二つ目は点差。2点ビハインドで1死23塁を作っても、相手は3塁ランナーを無視するので実質1死2塁。これでは無安打で追いつけず、1死2塁のために貴重な1アウトをあげるのか?仮にヒットが生まれたとて同点止まり。サヨナラの重圧を与えられるのが裏チームの優位性なのに、それをハナから捨てるのか?3つ目はバントの難易度。投手は左の岩崎、3塁には投げやすい。しかもフォースアウト。加えて増田大輝では100%バント。一塁手の大山は猛チャージしやすく、増田大輝は3塁方向へのバントが強いられる。方向を縛られ、プッシュでも殺しすぎもダメ(3塁はフォースプレー)。これでは決まる確率は低くなる。以上3つの要因から、まずバント自体が間違っていた。
併殺を怖がる阿部監督
結果失敗(バスターする度胸は阿部監督にないし、できる打者でもない)、1死12塁で丸アウト。2死12塁で若林に代打坂本。ここで出すなら9番に出すべき。勢いが萎んだなか、若林より坂本が打つと思ったのか?確かに坂本は代打本塁打を放ったが、今日4打席立った&いい当たりの若林より、坂本の方が期待感が持てるのか?そう思ったなら尚更、9番に代打で強行だろう。結局坂本はゾーン内直球を見逃し、変化球に空振り三振。この場面で振りにもいけない選手、結果が出るのを怖がる坂本は、果たして若林より期待できたのだろうか?若林は少ない出場試合で通算4度のサヨナラ打、巨人在籍2年で3本。だからといってサヨナラ3ランを打つはず!とはいわないが、ここ一番で本来以上の打撃ができる若林を信じてほしかった。少なくとも、ゾーン内の直球をみすみす二球も見逃すことはなかったはずだ。
9番代打坂本でゲッツーだったら?それは背負うべきリスクだ。野球とは守備優位のスポーツであり、ましてや現代は投高打低。だからこそ縮こまるのではなく、より長打、ヒットで打開する選択肢をとるべき。併殺を嫌い安全策に頼って1死2塁を作る、チャンスを作るのが攻撃の目的なのか?断じて違う。目的は3アウトを取られるまでにホームベースを踏むことで、それにはリスクを伴う。それを嫌がるのは臆病であり、逃げ腰ではないか。
上記のように相手にプレッシャーをかけず、増田大輝のように味方にかける阿部監督。無死1塁からのバントで1死2塁を作って、相手は「マズイ」と思うのか?味方は「イケる」と感じるのか?本当にそうなら、「あと一本」がもっと生まれるはず。それが生まれないということは、根本的に作戦が間違っているのだ。あと一本が出ないなら、出るまで待ち続けるのか?それでは案山子、木偶の坊と同じ。あと一本が出なくても点が入る状況、1死3塁以上を目指すべき。それには無死1塁でバントは論外だし、今日のような実質1死2塁を作るバントはありえない。
バントをしたければすればいい。逃げ腰だろうが何だろうが、やるのは阿部監督だ。不満なには、その逃げ腰バント野球すら徹底できないこと。3回無死1塁(走者丸)で打者若林、1球目はセーフティバント→ファール。カウントが悪くなって凡打、直後に先制。1回の同じケースではバントせず、今度はバント?それも1球でサインを変えたのか?走者丸では2塁から単打で生還できないし、若林は小技はできない(今年もバント失敗は多い)。適切とは到底思えない。
他責思考で覚悟もない
阿部監督に悲しくなること。それは様々あるが、今日感じたのは極端な他責思考だ。あと一本が出なくては勝てない。それは紛れもなく、選手に責任を押し付けている。併殺なら批判はベンチにもいく。それを嫌い、バントをしてチャンスを作り、打てなければ選手のせい。バントを失敗すればその選手のせい。今日の阿部監督も、バント失敗した増田大輝を槍玉に挙げた。他責思考であり、自分の責任ではない。それはつまり、今日の自分の采配は間違ってないと確信しているのだ。果たしてこれだけの材料がありながら、責任は増田大輝だけなのか?勿論失敗した彼にも責任はあるが、前述のプレッシャーのなかで決めるのは容易ではない。それに、そこまで重圧をかけ、挙句自分の責任ではないと思うのか。。。
別に、私の思い通りに采配をしてほしいとは微塵も思わない。そんなのは傲慢であり、同じ人間でない以上できるわけもない。だが、やり方は違っても、絶対に欠けてはいけないもの、通じるものはあるはずだ。それは何か。覚悟だ。阿部監督には覚悟がない。選手を腹を据えて使い続けること、一貫した采配を取ること。これでは、見てるファンは納得できない。負けるのは仕方ないが、負け方が悪い。納得できない負けは許されないし、今年はその数があまりにも多い。
選手は必死
力のない選手が多い、それならバントは仕方ない、だって打てないんだから。そんなに阿部監督を擁護したいなら、しとけばいい。そりゃあ私だって、1位と大差が離れたこんなシーズン、諦めも言い訳もしたくなる。だが、選手の目は死んでない。特に若手の目は例年より遥かにギラギラしてるし、他球団に劣らないものを持っている。そんな選手たちを阿部監督の擁護のために下げることはできない。
阿部監督には内心、投げやりな感情も持っている。そんなにバントがしたければすればいい、逃げ腰野球をしていればいい、勝負から逃げればいいと。だけどやっぱり、選手を見るとそんなことは思えない。こんなにプレイヤーがギラギラしているなか、指揮官には逃げ腰であってはならない。これが変えられるかどうか。それ以前に、自覚できるかどうか。正当化している自分を批判できるか。変わらなければ、自覚できなければ。それは阿部監督には、将たる器を持ち合わせてはいないことの証明になるだろう。
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